再会の日

第8話 「ありがとう・・・」



「やーっと見つけたわ。どこに行ったかと思ったじゃない。ミサ?」
美紗緒が変身した直後、そのすぐ後ろに裸魅亜が立っていた。
変身時の魔素の発現を敏感に捉えて、一気にテレポートしてきたのだった。
こういったことに関しては、裸魅亜は津名魅よりも上だった。
そのたびに、裸魅亜は、私の方がこんなに魔力があるのに、どうして津名魅が女王に  
選ばれたのかしら?と思わずにはいられなかった。
はじめこそ、その思いは激しい感情となって表れたが、今では、単純にそう思うだけ  
になっていた。
砂沙美と美紗緒を見ているうちに、なんとなく分かってきたのだ。
美紗緒は、確かに砂沙美よりもきれいで、頭もよく、最近では明るくなったこともあ  
り、砂沙美に負けないくらいの可愛い女の子になった。
しかし、砂沙美は、どこまでも優しく、笑顔を絶やすことがない。そして、なにもの  
をも受け入れてしまう包容力がある。受け入れられた方も、何の抵抗もなく砂沙美に  
共感してしまう。砂沙美の純粋さに惹かれていくのだろう。
この差なのだ。
こればかりは、どうやっても美紗緒は砂沙美には追いつけない。
それは、裸魅亜と津名魅の間にも言えたことである。
そのことを知ったとき、裸魅亜は、津名魅を認めた。
というより、仕方ないわね、私の負けよ、という感情であろう。
などとミサを見ながら、そんなことを考えていた。
「あら、裸魅亜おねーさま、どしたの?こんなとこまで??」
ミサに話しかけられて、裸魅亜は目的を思い出した。
金髪の黒衣の少女は、両足を優雅に交差させて立ち、ステッキを持った両手を後ろに  
回し、一輪のバラの花をアクセントにした、ボディースーツと同じく黒いベレー帽の、
長い羽飾りを揺らしながら、小首をかしげて裸魅亜を見ていた。
ミサらしからぬしぐさである。
ミサと美紗緒が融合すると、こんなしぐさもするのね、と、裸魅亜は思ったが、すぐ  
に目的を思い返して、ミサに魔法ブースターを手渡した。
「これを、あなたに渡そうと思ってきたの」
「な~に、これ?ステッキなら持ってますわよん?」
裸魅亜がミサに渡した魔法ブースターは、ミサのステッキとほぼ同じ形をしてたのだ  
から、ミサがそういうのも無理はない。
「姉さん、それ、もしかして・・・・?」
ミサの肩の上から二人を見ていた留魅耶が、ミサの手に収まったそのものを見て、驚  
きの表情で裸魅亜に問い掛けた。
「ええ、そう、魔法ブースターよ」
裸魅亜の答えを聞いたとたん、留魅耶の顔がこわばった。なにか危険なものを見るよ  
うな、そんな表情だった。
「姉さん、それをミサに使わせる気?」
留魅耶は津名魅と同じことを口にした。留魅耶とて、だてに裸魅亜のもとで魔法の勉  
学をしてきたわけではない。魔法ブースターが何であり、どのようなものであるかく  
らいは、承知している。
そして、その制御に失敗すればどうなるかも知っている。
留魅耶は、驚愕と焦燥が入り交じった気持ちだった。
「魔法ブースターって、何?おねーさま?」
何も知らないミサは、裸魅亜に尋ねるしかない。ただ、自分が今手にしているそのも  
のが、何がとてつもない代物だということは、場の雰囲気からなんとなく察しがつく  
。
裸魅亜は、そんなミサの心情を知ってか、柔らかい口調でミサに説明を始めた。
「つまり、これは、あなたの魔法力を増幅させるアイテムなの。でもね、これを制御  
するには、普通じゃない精神力が必要になるわ。制御に失敗すれば、あなたは二度と  
立ち上れなくなる。ミサ、いいえ、美紗緒、あなたに、これを使いこなせる自信ある  
?」
「・・・・・・・・・・・!」
ミサ、いや、ミサの中にいる美紗緒は、激しい葛藤に苛まれた。
これを使えば、あの灰色のサミーに勝てるかもしれない。しかし、制御に失敗すれば、
灰色のサミーに勝てないどころか、自分さえも廃人になってしまう。砂沙美を救うど
ころではなくなってしまう。
さらに、成功したとしても、やはりあのサミーをこの世から消滅させてしまうことに  
なる。もしそうなったとき、砂沙美は無事でいられるのか。あの灰色のサミーと砂沙  
美が、もともと一つの存在だったとしたら・・・。
私が、この手で、砂沙美ちゃんを・・・・・・。
美紗緒は、それ以上考えたくなかった。あまりに恐ろしい結末しか浮かんでこない。  

「ミサ?どうしたの?ミサ!?」
留魅耶は、ミサがぼうっとしたまま、両手を地面について、その場でしゃがみ込んで  
しまったのを見て、慌てて人間形態に戻り、ミサに駆け寄った。両肩に手をつき、揺  
さぶってみてもまるで効果がない。
「留魅耶!!」
裸魅亜がいつにない厳しい口調で、留魅耶を止めた。
「だめよ。今、美紗緒は自分の判断で、大きな問題を解決しようとしているわ。まあ、
ミサと相談もしてるんでしょうけど・・。だから、自分で決めさせてあげなさい。ね?」
美紗緒と裸魅亜は、心を同じくする者。しかし、美紗緒には、まだ裸魅亜のような強  
さが備わっていない。今、それが試されているといってよいだろう。
美紗緒は、一人、制服姿のままで、草原の真っ只中で立ちすくんでいた。
どこまで行っても何一つない、果てしない草原である。
空は、どんよりと曇っており、方角さえ分からない。
風だけが、異様に静かにさらさらと吹いている。
あまりの静けさに、美紗緒は、立っていることさえ苦痛になり、両手をついて、ぺた  
んとその場にしゃがみ込んでしまった。
そして、ひたすら考える。
しかし、導き出される答えは同じ。
それしかもはや答えはないと思っても、なにか、違う方法があるかもしれないと、絶  
望的な希望を捨てられずにいた。
“やっぱり、ダメ・・・。でも・・・。”
しゃがみ込んで、うなだれる美紗緒の背後に、空間から湧き出たように、すうっと、  
見事な金髪をたたえた、黒衣の少女が現れた。
ミサである。
“な~にをそんなにシンキング?美紗緒?思った通りに行動すればいいのよ!”
“ミサ!”
美紗緒は、後ろに立つミサを振り仰いだ。
ミサは、おなかのあたりで腕組みをして、美紗緒の後ろに立っていた。
“あたーしは、いつでも準備OKなのよん!?あなたが、何を考えてるかくらい、分  
かるわよん?”
ちょん、と、軽くウインクをした。
 “ミサ・・・。”
美紗緒は、キッと表情を引き締めると、静かに立ちあがり、ミサに向かい合った。そ  
して、決意した。
“私、やってみるね。ありがとう、ミサ・・・・。”
“OK!”
ミサは、ウインクしながら、ぐいっとサムアップすると、すっと空間の中へ消えてい  
った。
「・・・・・・!」
ミサは、すくっと立ち上ると、裸魅亜に魔法ブースターを返した。
「やっぱ、これ返すわ、おねーさま」
「・・・・・。」
ミサから魔法ブースターを受け取った裸魅亜は、何も言わなかった。
こうなることを予想していたのだ。
もし、予想に反して、魔法ブースターを受け取ったりしようものなら、その場でミサ  
を殴り倒すところだった。
裸魅亜自身も、津名魅にはああ言ったものの、やはり魔法ブースターを使わせる気に  
はなれなかったのだ。
「ミサ!」
これは留魅耶である。留魅耶は、安堵の表情を満面に浮かべて、ミサを見つめた。
裸魅亜は、しばらくミサを見つめ、静かに語りかけた。
「よく決心したわね、美紗緒。あとは、あなた次第よ。大事なともだちを助けてあげ  
なさい。じゃ、これは預かるとして。さ、あなたのステッキよ」
もともとのステッキをミサに返すと、ミサはそれを高々と差上げた。
「OK!おねーさま!じゃ、いっきましょ~、るーく~ん!」
再び鳥の姿になった留魅耶を従え、ミサは、いずこへとテレポートしていった。

「大丈夫・・・・。美紗緒なら、きっと大丈夫・・・・。なんてったって、このあた  
しのみそめし者なんだから・・・」
裸魅亜は、ミサが消えていった空間を見つめたまま、一人つぶやいた。
「あら、そう?」
いきなり、裸魅亜の後ろで声がした。
それも、すぐ後ろ、振り返った目の前に、灰色のサミーが立っていた。
「なっ・・・・!い、いつの間に!?」
裸魅亜は、驚愕の色を隠そうとしなかった。それはそうだろう。常に魔法のセンサー  
を全身から発散させている裸魅亜の後ろを取るなど、そう簡単にできるものではない。
ましてや、一介の魔法少女に到底できる芸当ではない。
灰色のサミーは、その後無言のまま、両手でバトンを振りかざし、まばゆい閃光を裸  
魅亜に向けて放った。
距離にして、約5メートルの超至近距離。
“かわせない!防御を!!”
ヴ―――――ッ・・・ン・・・・。
羽虫がいっせいに飛び立つような音が、裸魅亜の唇からこぼれる。
呪文の言葉を圧縮し、それを一気に唱えたのである。
裸魅亜が、両手を前に突き出し、高圧縮呪文によって防御魔法を完成させた直後、大  
きな力による衝撃が来て、裸魅亜は枯れ葉のごとく空を舞った。
「うそっ!?」
20メートルほど吹き飛ばされたのち、裸魅亜は激しく駐車場のアスファルトに叩き  
付けられ、さらにその上を二転三転してようやく止まった。
「ごほっ、ごほっ・・・・。な、なんて力なの・・・。あたしの防御魔法は完璧なは  
ずなのに・・・・。防御魔法ごとふっとばすなんて・・・」
魔法の力で身体が保護されていなければ、せき込む程度ではすまなかっただろう。そ  
れでも、肩についている魔法増幅用の宝玉は無残に砕け散っていた。
というより、宝玉の力でようやく身を守ることができたのだ。
「これが、純魔法の力なの・・・・?でも・・・?」
裸魅亜は、せき込みながら立ち上ろうとして、顔を上げて灰色のサミーを見つめた。  

灰色のサミーは、じっと裸魅亜を見ているだけである。
しかし、影を帯びた赤い瞳は、逡巡しているように見えた。
“迷っている??”
“それとも、何かを待っているの?”
“何を??”
裸魅亜は、とどめを刺そうとしないサミーを、じっと見つめた。
今なら、逃げることも反撃することもできる。強大な力を持つこの娘は、今の自分に  
とって、そしてジュライヘルムにとって危険な存在だ。
しかし、裸魅亜は逃げることも反撃することもしなかった。
さきほど、裸魅亜を襲ったときの灰色のサミーの力は、確かにミサの比ではない。
魔法ブースターを使っても、あれだけの魔法力を引き出せるか、正直なところ分から  
ないほどである。
だが、裸魅亜は感じたのだ。
彼女は、自分のあまりに強大なその力を、取り返しの付かないことに使ってしまわな  
いよう、自分で制御している。
しかし。
「おねーさま!!」
タイミングの悪いことに、そこへミサが戻ってきてしまった。
テレポートした直後に、灰色のサミーの魔法を感知したのだろう。
短時間のうちに2度もテレポートを敢行したミサは、肩で大きく息をしながら、裸魅  
亜のすぐうしろに姿を現した。
そのミサの姿を認めた灰色のサミーは、それまでの逡巡が嘘のように、眉間にしわを  
よせ、目尻を釣り上げ、激しい憎悪の表情を、その幼い顔立ちの中にくっきりと浮か  
びあがらせた。
「ミサ!いいえ、美紗緒!!」
とても少女の声とは思えない、低くうなるような声は、ミサを、そしてその中にいる  
美紗緒を、雷撃のごとく、激しく、鋭く貫いた。
それに呼応するかのように、灰色のサミーの周囲が、わずかに歪みだし、長いおさげ  
が、その激しい憎悪を表現するかのように、ざわざわと揺れ始めた。
激しい憎悪の感情が、強大な魔法力を導き出し、それが体内で収まりきらずに体外へ  
放出され、周囲の空間に干渉しているのだ。
「ミサ!逃げるのよ!!早く!!」
危険な兆候を感じ取った裸魅亜は、ミサに向かって叫んだ。
しかし、ミサは動かない。
それどころか、悲しそうな表情で、灰色のサミーを見つめていた。
「どうしちゃったの・・・・?サミー、ううん、砂沙美ちゃん・・・?なんでそんな  
になっちゃったの・・・・?」
灰色のサミーは、それには答えず、代わりにバトンを振りかざした。
「やばいっ!炎よ!!」
裸魅亜は、あらかじめ唱えておいた「炎の壁」の呪文で防壁を作り、灰色のサミーの  
視界をふさいで、その隙にミサの手を引っ張るようにその場から脱出しようとした。  

「大丈夫、おねーさま、あたしに任せて。あの炎を消してくださる?」
ミサはいっしょに逃げようとはせず、その場に踏みとどまって、手をつないだまま裸  
魅亜を見つめて言った。
「だめよ!今のあのサミーは危険すぎるわ!あなたのやろうとしていることは分かる  
けど、今はそれどこじゃないわ!」
「今じゃないとダメなの!!」
ミサの口調ではない、美紗緒の叫びだった。
「今、ここで逃げちゃったら、砂沙美ちゃんはきっとほんとのことを話してくれない  
・・・・・。あの灰色のサミーが、砂沙美ちゃんだっていう証拠はないけど、私には、
砂沙美ちゃんにしか見えない・・・・。今じゃないとダメなの・・・。お願い、裸  
魅亜さん。あの火を消して」
ミサは、じっと裸魅亜の瞳を見据えたまま、それきり沈黙した。
裸魅亜は、ミサが答えを翻す様子がないのを見て取ると、ふうっと一息ついた。
分かったわ、と言おうとした瞬間、ゴンッという衝撃音とともに、炎の壁が吹き飛ば  
され、灰色のサミーが姿を現した。
灼熱の炎の壁に包まれていたにも関わらず、こげ跡一つ付いていない灰色のサミーは、
激しい憎悪の表情をそのままに、二人に向かって歩き出した。
「よくも・・・・・・・!砂沙美をあんな目に合わせといて、まだ足りないっての!  
?」
ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる灰色のサミーは、爪が白くなるくらいバ  
トンをぎりっと握り締め、ミサをにらみつけたまま、まっすぐミサの方へ歩いてきた。
ミサは、腰の高さに軽く両手を広げて、灰色のサミーに向かって、同じような歩調で  
近づいていった。
「砂沙美ちゃん・・・・・。何があったの・・・?なにかあったのなら、話して・・  
・・。」
「たあっ!!」
灰色のサミーは、答える代わりにバトンを振り、光の矢を放ってきた。
「きゃあああっ!!」
今やミサの姿をしただけの美紗緒は、反撃することもかなわず、それでもミサになっ  
ているおかげで運動能力は高まっているので、灰色のサミーの攻撃をすんでのところ  
でかわすことはできた。
しかし、それも第2撃、第3撃と連続すると、もたなくなってしまう。
そしてついに第4撃目に、第3撃目をかわしたその着地を狙われて、ミサは右足首に  
光の矢を食らって倒れてしまった。
「あうっ!!」
激しい痛みに、表情を歪ませて座り込んでしまったミサは、足首に手をあてがいなが  
ら、近づいてくる灰色のサミーを見やった。
「砂沙美ちゃん・・・・・・」
ミサは、ふっと目を閉じると、そのまま変身を解いた。
「ミサ!?」
留魅耶思わず叫んだ。
しかし、裸魅亜は、そうなることを予想していたかのように、黙って事の成り行きを  
眺めていた。しかし、生命の危険があるようなら、いつでも防御魔法と攻撃魔法を同  
時に発動させられるように、準備している。
ミサの金髪が黒髪に変わり、ベレー帽はヘアバンドに、黒衣のワンピースは海の星小  
学校の女子制服に戻っていった。
「砂沙美ちゃん・・・・・。ねえ、何があったの・・・・?どうして私のせいなの・  
・・・・?教えて、お願い・・・・・」
美紗緒は、痛む足首をかばいながら立ち上ると、右足を引きずるようにして、灰色の  
サミーに向かって再び歩を進めた。
一瞬、攻撃の構えを見せた灰色のサミーだったが、美紗緒の姿を認めるなり、バトン  
をおろしてその場に立ち止まった。
「そんなに聞きたいの?あなたが、美紗緒が砂沙美に何をしたのか、そんなに聞きた  
いの!?」
憎悪の表情そのままに、灰色のサミーは、美紗緒に問いただした。
分かっているくせに、私にしゃべらせようというの?という悔しさにも似た感情が、  
灰色のサミーから発せられているのが分かる。
「なら、いいわ、教えてあげる。砂沙美は、あなたと違って、物分かりがよくないの。
それを無理に通そうとしたから、アタシがここにいるわけ。分かる?こうなっちゃ  
ったのも、みんなあなたのせいなんだからね!!」
「わ、私が、砂沙美ちゃんに、いったいなにをしたって・・??」
美紗緒がなおも歩み寄りながら問いただしてきたので、灰色のサミーは、決定的な言  
葉を、その小さな唇から吐き出した。
「まだ分からないの!!砂沙美は、いつだって、あなたを守ってきたわ。でもね、そ  
のたびに、クラスの連中からいい子ちゃんだってささやかれていたのよ!たとえそれ  
が全員でなくとも、ほんのちょっぴりでもいれば、それで十分あの子にはショックだ  
ったの。それが積もり積もって、アタシが作られたのよ!?」
美紗緒には衝撃的な事であった。
元気で、やさしくて、可愛い笑顔の砂沙美のイメージしか美紗緒にはなかった。
それが目の前の灰色のサミーによって打ち崩されようとしている。
「そ、そんなことない!!砂沙美ちゃんがそんな………!!」
それまでの歩みを止めて、胸のところで両手を握り締め、美紗緒は、決壊しようとし  
ている防波堤を必死に修繕するかのように、灰色のサミーに抵抗した。
しかし、灰色のサミーは、そんな美紗緒を嘲るかのように、口元を歪めて、美紗緒が  
更に聞きたくない言葉を紡ぎ出した。
「あの子はやさしいから・・・。アタシをなかなか表に出すような事はしなかったけ  
ど、それはかえってアタシを強くしただけ。おかげでようやく外に出られたんだけど。
は~あ、これですっきりしたわ。砂沙美も今ごろあなたのことなんかさっぱり忘れ  
て、魎皇鬼と一緒に楽しんでるわよ、きっと」
美紗緒はその場で卒倒しそうなくらい、激しいめまいがした。
自分の存在がそこまで砂沙美のストレスになっていたなど、思いもよらなかったから  
だ。
いつだって、砂沙美は自分に優しく接してくれた。
なにかあれば、すぐに相談に乗ってくれた。
いつだっていっしょだった。
これからもずっとそうだと思っていた。
しかし、実はそうではなかったのだろうか?
と、そのとき、美紗緒の脳裏に、あの光景がよみがえった。
自分の心の奥底で、再び自分の殻に閉じこもろうとしていた美紗緒を、一生懸命救い  
出そうとしてくれた砂沙美。
美紗緒がミサのままでもかわまないとまで言ってくれた砂沙美。
自分のために、真実の涙を流してくれた砂沙美。
「砂沙美は、美紗緒ちゃんが、大好きだよ!!」
この言葉がうそであるはずがない。
「私も、砂沙美ちゃんが大好きなの!!」
美紗緒の気持ちに、翳るところなど一点もなかった。
だとすれば、美紗緒がすることはただ一つしかない。
「そんなことないよ・・・・。だって、砂沙美ちゃんは、砂沙美ちゃんだもの・・・・。
あなたも砂沙美ちゃんだよ・・・・。私の知らない砂沙美ちゃん・・・・。私の  
知ってる砂沙美ちゃん・・・・・。みんなみんな砂沙美ちゃんだもの・・・・・・。  
私、砂沙美ちゃんを信じてる・・・・。砂沙美ちゃんが大好きだから・・・。きっと、
あなたと一緒に、戻ってきてくれる・・・・。そうよね・・?砂沙美ちゃん・・」  

美紗緒は、そのままの姿勢で、一歩、また一歩と、灰色のサミーに近づいていった。  

エメラルドグリーンの美しい瞳には、大粒の涙が光っていた。
「今は泣いてもいいよね?」
にっこりと笑ったその瞳から、止めど無く涙が流れ出した。
「だって、悲しくて泣いてるんじゃないもの……。さびしくて泣いてるんじゃないも  
の・・・。今は、いいよね・・・?」
灰色のサミーは、まるで全身が硬直してしまったかのように、身動き一つしようとし  
なかった。
美紗緒の涙が、灰色のサミーを釘付けにしてしまったかのようだった。
灰色のサミーの胸の奥底で、何かがはじけた。
「あ・・、ああ・・・、ああああああああっ!!!!!!!!」
灰色のサミーは、頭を抱え、身をのけぞらせ、大きい赤い瞳をよりいっそう大きく見  
開き、小さな唇から、小さな身体には似合わないほどの大きな叫び声をあげた。
次の瞬間、灰色のサミーは、右手に持っていたバトンを力任せにぶんぶんと振り回し  
た。
バトンのハート部分から発せられた光の矢が、辺り構わず撒き散らされ、そこかしこ  
で地面が抉り取られた。
そして、そのうちの一本の光の矢が、美紗緒めがけて飛んできた。
「!!」
裸魅亜の防御魔法も間に合わない距離だった。
美紗緒は思わず目を閉じた。
しかし。
その光の矢は、途中で力を失い、見る間に小さくなり、美紗緒に届く寸前で消滅して  
しまった。
美紗緒が目を開けてみると、その目の前には、真なる魔法少女の衣装をまとったサミ  
ーが、美紗緒に背を向けた格好で立っていた。
「サ、サミー・・? ううん、砂沙美ちゃん?」
そのサミーは、不思議なオーラのようなものに包まれていた。
サミーは、ふわりと浮かんで美紗緒の方へ向き直ると、優しく微笑んだ。
「ありがとう・・・。美紗緒ちゃん・・・・。砂沙美のこと、信じてくれてたんだね  
・・・。」
すべてを包み込んでくれるような、暖かい感情が、心の中に流れ込んでくるのを、美  
紗緒は感じた。
何もかもが、元どおりになる予感がした。

第9話 「再開の日」を読む


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