その直後。 魔法ゲートが開き、そこから裸魅亜が現れた。 「ちっ、ちょっと遅かったわね」 まだ魔素の痕跡が色濃く残っている路地に降り立った裸魅亜は、周囲を見渡して、 地面が軽く焼けこげているの見、魔素の痕跡を感じ取ると、ほんの数秒前までこの 場所で魔法が使われていたことを確認して小さく舌打ちした。 「どうしたものかしら…………」 とにかく、今は美紗緒を探し出して、この手に持っている魔法ブースターを渡さな ければならない。 思案に暮れていた裸魅亜だが、今一つ考えがまとまらない。 なにかが裸魅亜の思考を妨げているかのように、ザワザワした感覚が裸魅亜の脳裏 を滑っていった。 「なんなのよ、これ……。気味が悪いわね………」 右手でこめかみを軽く押さえながら、裸魅亜は意識を集中した。 すると、この場所に異なる魔素の痕跡がある事に気がついた。 一つは、美紗緒がミサに変身したときに発生した魔素。 そして、もう一つは………。 「なるほどね、これが純魔法ってわけ…………」 強烈な魔法力を有する純魔法は、ひとたび使用されると、後に残される残留魔素は、 通常の魔法を使用したときよりもはるかに高い濃度で検知される。 それが、魔力の持ち主の、魔法キャパシティーの大きさによって、激しい頭痛とな ったり、裸魅亜のように一種の不快感となって現れるのである。 「すごいものね……………。残留魔素だけでこれほどだなんて。よくミサは耐えら れたわね。………………」 さすがは私の魔法少女よね~、などと、自分のやったことを棚に上げて悦に入って いた裸魅亜だが、何かに気がついたのか、ポンと手をつくと、また一人ごちた。 「あ、そうか。そういうことか………………。そうよねえ、そうでないと、いくら ミサでも無理よねえ。………………でも、早いとこなんとかしないと、灰色のサミー、 本物と入れ替わっちゃうわね」 一人納得して裸魅亜は、改めて美紗緒を探しに出かけていった。 郊外にある、美紗緒のマンション。 その駐車場の隅に、黒い空間が現れた。 ブン! 突然その空間が歪み、その歪みの中から、ひざの上まで伸びている黒いロングブー ツ、腰と胸にひらひらした大きな飾りをつけた、ボディコンシャスな肩の露出した 同じく黒いワンピース、そしてひじから下を覆った長い手袋をつけ、バラの花がワ ンポイントの、黒いベレー帽についている、大きな白い羽飾りを揺らしながら、一 人の少女と、その少女に肩を支えられている少年が現れた。 テレポートしてきた、ミサと留魅耶である。 「あー、しんど」 二人分の質量を支えてテレポートするのは、ミサもはじめてらしく、肩で大きく息 をして呼吸を整えた。 「もー、どーしちゃったのよ、サミーってば」 「あ、あれはサミーじゃない」 「へっ?」 まだ人間形態のままでいる留魅耶が、ぽそっとつぶやいた。 「でも、あのこっぱずかしいコスチュームは、サミーじゃないの??」 「ミサも人の事言えないと思うけど……」 ぼそっと言ったつもりだったが、しっかり聞こえていたらしい。 ミサは、すかさず両手に拳を作り、留魅耶のこめかみをぐりぐりやりながら、やさ しく(?)留魅耶に話し掛けた。 「いーのよ、あたーしのナイスバディーをより引き立てるには、これでも足りない くらいなんだから!それより、さっきのハナシ、どーゆーことか、説明なさい!」 「分かった、分かったから止めて、ミサ!い、痛いよ」 一呼吸おいて、留魅耶は、もう一言付け加えた。 「その前に、変身解かない?目立ちすぎだよ、その服」 「んー、あたしとしては、一般ピープルのみなさまに、このデンジャラスでビュー ティフルなあたしの、ナイスプロポーションをるっきんふぉーゆーなんだけど………。」 そのあと、一瞬、ミサの声から、美紗緒の声になって、留魅耶の耳元で恥ずかしげ にささやいた。 「美紗緒は、るーくんだけのものだから、やめるね」 いくらミサの冗談と分かっていても、これは少々刺激が強かった。 「み、美紗緒!?」 留魅耶が狼狽した瞬間、ミサは、ミサのものとも美紗緒のものともとれる笑みを浮 かべて、変身を解いた。 シュオオオン………。 「ふう………」 二人はそろってため息を吐いた。 美紗緒のは、ミサになった後の疲労から、留魅耶のは、美紗緒とミサのギャップに いまだ不慣れな事から来るため息だった。 「どういうことなの?るーくん、砂沙美ちゃんに何が起こったの?純魔法ってなに?」 「……………」 「るーくん!」 その後、しばらく沈黙していた留魅耶だが、ようやく意を決して話し出した。 「美紗緒……。人間っていうのは、いろんな感情を持っているよね。そして、魔法 はその感情、つまり心に反応して発動するんだ。これは分かるよね?」 「……うん」 今までだってそういう感覚で魔法を使ってきたから、そこまでは理解できる。 ミサの場合、多少歪んでしまったフシがあるが。 「でね、その魔法にも種類があって、善魔法と、悪魔法、そして、純魔法がある」 「…………」 「善魔法っていうのは、その人本来の魔力を増幅させる魔法で、もともと強い魔力 をもっていないと、善魔法を使っても意味がないんだ。でね、悪魔法っていうのは、 裸魅亜姉さんが美紗緒にかけた魔法で、かけられた人の暗い部分を魔法で強引に引 きずり出して、それを強化する。暗い部分っていうのは、明るい部分よりもはるか に強い魔力を引き出せるからね」 美紗緒は、少し、胸が痛むのを感じていた。 あの衝撃的な一日を、どうして忘れる事ができよう。 留魅耶は、一時話を中断して、美紗緒を見た。 「……………ごめんよ、美紗緒。今ごろ何を言っても分かってもらおうと思ってな いけど……」 美紗緒は、留魅耶をじっと見つめた。 「ううん、気にしないで。私は大丈夫。それよりも砂沙美ちゃんは、どうなっちゃ うの?私のせいって、どういうことなのかな………?」 「分からない………。あのサミーに聞かないとどうにもならないんじゃないかな…………」 留魅耶は、目を伏せて、そして最後の話題に入った。 「で、最後の純魔法なんだけど、これはさっき言った2つの魔法のどちらにも入ら ない。使い方次第で、善魔法にも悪魔法にもなるんだ」 「???」 美紗緒にはよく分からない。 「つまりね、純魔法っていうのは、純粋な心の持ち主じゃないと発動しないんだ」 「純粋な心……………?」 美紗緒の疑問を受けて、留魅耶はさらに先を続ける。 「純粋だから、透明だから、何色にでも染まる。絵の具を思い出してごらん。水入 れに入れた水は、最初透明だよね。そこへ絵の具を垂らすと、とたんに色が着く。 それと同じなんだ」 美紗緒は、固唾を飲んで聞き入っていた。 留魅耶は続ける。 「きれいな色や明るい色の絵の具を垂らせば、水もきれいに明るく染まる。でも、 暗い色、汚い色の絵の具を垂らすと、どんなにきれいな水も、みるみるうちに汚く そして暗くなる」 はっと、美紗緒は息を呑んだ。 かつて自分がとらわれていた世界。 心の闇。 今、そこに砂沙美がとらわれている。 美紗緒は、今すぐにでも砂沙美を助けたいという、激しい衝動に駆られるのを押さ えられなかった。 しかし、留魅耶は更に続けた。 「砂沙美ちゃんの心は純粋だ。だから、それだけに、いったん心の闇に包まれてし まうと、とてつもなく暗い世界に引き込まれてしまうんだ」 「砂沙美ちゃん…………………!」 美紗緒は、顔を両手で覆ってしまった。 その様子を、どうしたものかという表情で見つめるしかなかった留魅耶だが、やが て、美紗緒の両肩に両手をかけて、美紗緒の顔をのぞき込むようにして微笑みかけ て励ました。 「大丈夫だよ、美紗緒。砂沙美ちゃんは、絶対に大丈夫!ボクが保証する!!」 何の根拠もないことは十分分かっている。 しかし、今、ここで二人で落ち込んでいるわけにはいかない。 なによりも大事な美紗緒の、悲しむ顔を見たくない。 「るーくん……………」 そういう美紗緒の顔は、少し泣き顔になっていたが、まだ涙はこぼれていなかった。 美紗緒も分かっていたのだ。 ここでうずくまるのは簡単だ。 こうして泣いていればいい。 それはそれで気が晴れるかもしれない。 でも。 そうやっていたところで、砂沙美を救うことにはならない。 大切なともだちを失うわけにはいかない。 いや、もはやともだち以上になったその少女を、みすみす闇に取られるわけにはい かないのだ。 「るーくん、私、もう一回やってみる!私、砂沙美ちゃんを助けたい!!るーくん、 力を貸してくれる?」 力強く、そして慈愛に満ちたその表情は、裸魅亜と正反対でありながら、どこか裸 魅亜を思わせる雰囲気があった。 きれいだ、と、場違いなことを考えてしまった留魅耶だが、今の美紗緒の表情を見 れば、留魅耶でなくともそう思ったことだろう。 決意した少女の思いは、何よりも勝る。そして、何よりも美しい。 「もちろん!そうこなくっちゃ!!でも、大丈夫かい、さっきの今で。少し休んだ 方がよくない?」 何を言ってもおそらく聞かないだろうということは想像がついていたが、一応言っ てみた。 「ううん、私は大丈夫。私のことよりも、砂沙美ちゃんが心配だもの。すぐ行きた いの。砂沙美ちゃんのところへ!」 「分かった!じゃ、いくよ!」 留魅耶は、魔力を集中するため鳥の姿になって、意識を集中させた。 再びミサのステッキが空中に現れる。 それは、静かに美紗緒の手の中に降りてくると、あつらえたように美紗緒の手にし っくりとなじんだ。 目を静かに閉じて、ステッキの重さを感じながら、美紗緒は、この重みは、砂沙美 ちゃんの心の重みなんだ、私の大切なおともだちの砂沙美ちゃんの思いなんだ、と 思った。 そして。 「ピクシィー・ミューテーション・マジカル・リコール!!」 黒衣の天使が、今再びこの世に舞い下りた。 そのころ、魎皇鬼は、最後の仕上げに入っていた。 いよいよ精神面の修行に突入したのだ。 当初2ヶ月間と設定されていた修行期間だったが、魎皇鬼は尋常ならざる速さで修 行をこなし、わずか3週間で大半の修行を終えていた。 地球時間とは、時間の流れが異なるジュライヘルムだが、それでもこの短期間でこ の段階に達するのはまれである。 「あと少し、あと少しだよ、砂沙美ちゃん……………」 魎皇鬼の10メートルほど前方に、黒い空間が広がっていく。 「来たな!!」 自分自身と戦う、そう聞かされていた魎皇鬼は、黒い空間から現れた「それ」を見 て驚愕した。 そこから自分の姿をしたものが現れたのはいいとして、そのものに肩を抱かれてい るのは、魎皇鬼が見慣れた、海の星小学校の制服姿の砂沙美であった。 「さ、砂沙美ちゃん!?」 魎皇鬼の呼びかけに、砂沙美は視線を向けてきたが、その瞳は、魎皇鬼が知ってい る砂沙美の瞳ではなかった。 うつろで、赤い瞳には生気がなかった。 「これはいったい、どういう………………?」 魎皇鬼が呆然と立ち尽くしていると、もう一人の魎皇鬼は、砂沙美を抱き寄せその 唇にキスをした。 挨拶程度の軽いキスではない。 見るからにかなり濃厚なキスであった。 「!!!!!!!!!!!」 砂沙美もそれに答えるかのように、もう一人の魎皇鬼の背中に両手を回し、彼を抱 き寄せた。 その表情は恍惚としていた。 いきなりの、そしてあまりの出来事に、魎皇鬼はしばらくその光景を見つめていた が、懸命に気を取り直すと、砂沙美に向かって叫んだ。 「砂沙美ちゃん、どうしちゃったの!?砂沙美ちゃん!!」 砂沙美は答える様子がない。 もうひとりの魎皇鬼とのキスを楽しんでいるかのようだった。 遠くから叫んでも無駄だと分かった魎皇鬼は、二人に向かって走り出した。 砂沙美ちゃんが、砂沙美ちゃんが、あんなことするわけがない、これはあそこにい るもうひとりの僕が作り出した幻覚なんだ、そう思いながら、魎皇鬼は走った。 二人のいるところまであと2~3メートルというところで、魎皇鬼は何かに弾き飛 ばされ、激しく地面に叩き付けられた。 「!!うわっ!!」 「…………け、結界!?」 半身を起こして二人の方を見た魎皇鬼は、目の前にいるのはやはり砂沙美であり、 その砂沙美とキスをしているのは、自分の姿をしたものだということを認識せざる を得なかった。 長く濃厚なキスを十分楽しんだのか、唇を離した砂沙美は、もう一人の魎皇鬼の背 中に両手を回したまま、顔だけをゆるりと魎皇鬼の方を向けた。 その表情は、いまだ興奮醒めやまずといった風で、頬が桜色に紅潮していた。 「砂沙美ちゃん、砂沙美ちゃん!!」 目が合った魎皇鬼は、必死に砂沙美に呼びかけた。 そして、ようやく開いた砂沙美の唇からは、魎皇鬼には信じがたい言葉がこぼれ出た。 「…………あっち、行って…………」 「!?」 魎皇鬼は、何を言われたのか分からなかった。そして、何を言われたのか理解した 後も、それを否定した。 「さ、さ、み、ちゃん………?」