「まあ、なんてこと………」 津名魅は、魔法スクリーンで地球の様子を一部始終見ていた。 その表情には、いつもの平和そうな穏やかさはなかった。 わずかに眉間にしわが寄り、悲しみに包まれたその目は、今すぐにでも地球に降りて いきかねないほど、思いつめているように見えた。 「まさか、純魔法が、心の闇の力を借りて発現するなんて………」 かつて、津名魅が砂沙美をプリティサミーに仕立てたとき、津名魅は、砂沙美の中に 強力な魔力を感じていた。 その感触がどんな種類の魔力なのかを、津名魅にすぐに分からせた。 「なんか、えらいことになっちゃってるわね、津名魅」 後ろから声をかけてきたのは、裸魅亜であった。 淡いブルーの、優しさと静けさをたたえた長く美しい髪と、砂沙美と同じ紅玉のよう な澄んだ瞳を持ち、和風の衣装を好む、美しいという形容がふさわしい女性、津名魅 とはまるで対照的に、燃えるような真紅の、活動的にまとめた髪と、鋼の意志を秘め た金色の瞳を持ち、和洋折衷の衣装を好む、強いという言葉がぴったりな女性、裸魅 亜が、腰に両手をあてがった格好で、津名魅の後ろから魔法スクリーンを見ていた。 「裸魅亜…………」 「アレ、純魔法でしょ?ちょっとうちのミサでもヤバイんじゃないの??」 そう言いながらも、裸魅亜はいそいそと地球に降りる準備をはじめていた。 魔法ゲートはすでに開いている。 津名魅は、裸魅亜の右手に握られたあるものを見て、はっとなった。 「裸魅亜!それは!?」 「ああ、これ?もちろん、魔法ブースターに決まってるじゃない?」 裸魅亜が持っていたのは、魔法力を増幅させるアイテムである。それは、ミサのステ ッキに形がよく似ていて、本来の形とは若干形状が異なっていた。だから、津名魅は 一目では、それがなんであるのか判断できなかったのだ。 何食わぬ顔をして答える裸魅亜に、津名魅は、珍しく感情をあらわにして言い寄った。 「なんてことを!そんなものを使ったら、砂沙美ちゃんがどうなるか、あなたも分か っているでしょう! それに、美紗緒ちゃんだって、無事でいられるかどうか……… ……」 魔法ブースターは、その名のとおり、魔法力の弱い人間が、魔法力を増幅させるため に使用する。その効果はかなりのもので、もともと強力な魔力を必要とする、防御系、 回復系の魔法で5倍、それ以外の攻撃系の魔法では、実に10倍に魔法力を引き上げ る事が出来た。 しかし、この手のアイテムは扱いが非常に困難で、制御に失敗すると、増幅された魔 法が逆流して、使用した人間の魔法キャパシティーを越えて精神にフィードバックさ れ、その精神を崩壊させてしまう恐れがあった。 「じゃ、どうすればいいのよ!?今のミサじゃ、あのサミーに対抗できないのよ?? 純魔法に打ち勝つには、ミサの魔法力を引き上げないとどうしようもないじゃない!?」 裸魅亜もここだけは譲れないとばかりに、いつも津名魅に突っかかるのとは別の激し さで、津名魅に抵抗した。 「純魔法に打ち勝つ必要はないわ」 「!?」 毅然とした表情の津名魅に、裸魅亜は一瞬うろたえた。 「力で力を押え込むのは、新たな力を生み出すだけ………。それは、悲しみを生みは しても、決して砂沙美ちゃんを救う事にはならないと思うの」 「でも……………!」 なおも抗弁しようとする裸魅亜を制して、軽く一呼吸おいてから、 「…………………魎皇鬼がいるわ」 と、津名魅は静かに、しかし、絶対の信頼を持って、その者の名を言った。 「魎皇鬼!?あの子に何が出来るっていうの?」 裸魅亜の言葉に、津名魅は、ゆっくりと、まるで、自分の言葉を一つ一つ確かめるか のように、答えた。 「砂沙美ちゃんは、今、心の闇に取り込まれようとしているの。そこから砂沙美ちゃ んを救い出すには、力だけではどうにもならない。いいえ、それどころか、力で救い 出そうとすればするほど、砂沙美ちゃんを取り囲む闇の壁は厚くなるわ。」 「じゃ、どうやって………?」 裸魅亜の言葉を制して、津名魅は先を続ける。 「魔法は、それがどんな種類のものであれ、人の心に反応して発動するもの。今、砂 沙美ちゃんが発動させてしまった純魔法も、砂沙美ちゃんの心が欲したから、あんな 形で現れてしまった。でも、よく見てご覧なさい、裸魅亜」 そう言って津名魅は、いったん言葉を切り、魔法スクリーンを裸魅亜に見せた。 グレーのサミーが、紫色の光の中から現れるところだった。 「!?色が…………?」 裸魅亜は、サミーの衣服が完全な黒衣になっていないのを見て驚いた。 闇に染まった純魔法を身にまとった魔法少女は、その衣服が黒衣になるはずだった。 以前裸魅亜が美紗緒にかけた悪魔法も、心の闇に力を与えて実体化させるもので、そ の魔法を身にまとった魔法少女、ピクシィミサは、やはり黒い衣装を身に着けていた。 それが、今のサミーは、中途半端なグレーだったのだ。 このことは、砂沙美がまだ、完全に闇に取り込まれていない事を意味していた。 「これは、いったい!?…………もしかして、津名魅!?」 津名魅は、魔法スクリーンから目をそらさずに、裸魅亜の問いに答えた。 「そう。まだ、打つ手はあるわ。砂沙美ちゃんの心に、光がある限り!そして、その 光の輝きを、一番強くしてあげられるのは、魎皇鬼、そして美紗緒ちゃん……………」 津名魅は、裸魅亜の方を振り向いて語りだした。 「闇を打ち消す事が出来るのは、光だけ。それは誰もが持っている強い思いの力…… …………。今、砂沙美ちゃんの心の中に残っている、小さな光の輝きは、魎皇鬼と美 紗緒ちゃんに対する思い…………。それが残っている限り、砂沙美ちゃんは闇に取り 込まれたりしない。大丈夫。砂沙美ちゃんは強い子よ。魎皇鬼と美紗緒ちゃんの呼び 掛けにきっと答えてくれるわ。だから、魎皇鬼に任せたいの…………」 裸魅亜は、ふっと一息つくと、納得した表情で津名魅に答えた。 「分かった。津名魅。そこまで言うなら、任せてみましょう。でも、念の為に、この 魔法ブースターは、美紗緒に預けておくわ。でも、あの子、絶対使わないと思うけど ね。それでいい?」 「ありがとう、裸魅亜。それで結構よ」 津名魅の答えを聞くが早いか、裸魅亜は魔法ゲートをくぐって地球に降りていった。 「早いとこ、魎皇鬼を何とかすんのよ――――!」 地球に降りていく途中、裸魅亜は津名魅に向かって叫んだ。 「分かってるわ、裸魅亜………………」 魔法ゲートが閉じ、部屋の中は津名魅一人になった。 魔法スクリーンの中では、いつのまにか3人の姿が消えていた。 「どうやらミサは無事のようね…………。ごめんなさいね、美紗緒ちゃん………。あ と少し、がんばってください…………」 これにさかのぼる事、少し前。 「さ、砂沙美ちゃん………?」 ミサは、その紫色の光の中の影を見つめた。 美紗緒とミサは今や一つの人格として定着していたので、例によって軽い口調ではあ ったが、そこには驚愕の色がありありと見て取れる。 「美紗緒、じゃない、ミサ、気をつけて。」 「どーゆーこと?砂沙美ちゃんに何が起こったの?」 留魅耶はさっき口にした言葉をもう一度言った。 「純魔法かもしれない………」 「純魔法って何?」 「いや、いくらなんでもそんな……」 留魅耶は深刻な表情のまま。 「ど・う・し・た・の・よ・るー・く・んってば!!」 ミサは、留魅耶にデコピンを食らわせながら、質問し直した。 「痛い、痛いよミサ。説明するから、ちょっとやめてよ」 そんなやり取りをしている間に、紫色の光の中の人物が、その姿を2人の前に現した。 「!!サ、サミー!?」 2人は同時に叫んだ。 「で、でも、なんか違ってない?」 ミサには、光の中から出てきたその人が、一見サミーのように見えた。 だが、よく見てみると、かなり異なっていた。 衣装全体がグレーで統一されており、サミーのような、おめでたいアイテムは一切な かった。 サミーとの相違点は、その他いろいろあったが、一番異なっている部分は、両の瞳で ある。 赤みがかったきれいな瞳はそのままの色をたたえていたが、そこから発せられるもの が、サミーとはまったく別のものであった。 「冷たい目…………」 ミサは、彼女の目を見て、そう言った。 何もかもを否定し、受け入れる事などない、冷徹な意志を感じさせる瞳であった。 ふわっ……………。 「?」 彼女の周囲から、風のような何かがミサに向って吹いてきた。 彼女のおさげが軽く宙に浮いたのを見た瞬間、ミサと留魅耶は4~5メートル近く吹 き飛ばされていた。 「ひゃあああああああっ!!」 「うわわわわああああっ!!」 二人折り重なって街路樹の根元に倒された。 「ちょ、ちょっとるーくん、アレ何よ?」 「サミー、の偽者が、魔力を解放したんだ。でも、こんなのほんのちょっとでしかな いと思う」 「それって、すんごくデンジャラスってこと?」 ミサは、彼女の方を改めて見てみた。 「!?」 そこにいるであろうと思われた彼女の姿がなかった。 「どこ見てるの?」 背後から、ぞっとするくらいの冷たい口調で、彼女がミサを見下ろしていた。 その声にミサが振り向いたとき、彼女は無言のまま、ミサの胸の羽飾りをつかみ上げ ると、なんと片手でそのままミサを持ち上げた。 ギリギリギリギリギリ………! ミサの胸が、あまりの強い握力に締め上げられる。 その強力な握力と、初めて感じる恐怖の前に、ミサは声すらでない。 彼女は、もう一度ミサを地面に叩き付けた。 ミサは、魔法の風に吹き飛ばされたときよりも、はるかに遠くに投げ飛ばされた。 「あうっ!」 「ミサ!!」 「くっ、かはっ、ごほっ……」 「ミサ!?」 苦痛にその表情を歪めながらも、果敢に立ち上がろうとするミサの肩に、留魅耶が飛 んできた。 「サミー、どうしちゃったんだ!?元に戻ってよ!」 留魅耶が懸命に訴えるが、彼女は表情一つ変えることなく、じっとミサを睨み付けて いた。 彼女が持っているバトンをすっと振りかざすと、ハートの部分から閃光が発し、光の 束がミサに向って飛んできた。 「えっ!?」 「あ、危ない!!」 キュオオオオオン!! ミサは思わず目をつぶってしまった。 だが、何も衝撃がない。 薄く目を開いてみると、そこには人間形態の留魅耶が倒れていた。 「る、るーくん!?しっかりして、ねえ、るーくんってば!!」 「大丈夫かい、ミサ……」 とりあえず留魅耶が無事なのを確認すると、ミサはグレーのサミーを睨み付けた。 「ちょっとあんた、なんてことすんのよ!!コケティッシュボンバーどこじゃないじ ゃない!死んじゃったらどーすんのよ!!」 「あなたのせいなんだからね…………」 彼女が唐突に、ミサに向って言った。 「な、なに?」 ミサは何を言われているのか、さっぱり見当がつかない。 「あなたのせいで、砂沙美がどれだけ傷ついたか、どれだけ苦しんだのか、分からな いでしょ!!」 グレーのサミーは、その瞳に激しい憎しみの色をたたえて、再びバトンを掲げた。 「ま、まずい!ミサ、ここはいったん逃げるんだ!」 「オ、OKるーくん、じゃ、そーゆーわけだから、とりあえずアデュー!」 グレーのサミーが発した光の束は、ミサがテレポートしたそのすぐあとに、それまで ミサと留魅耶がいた場所を直撃していた。 グレーのサミーは、その場にしばらく立ち尽くし、焼けこげた地面を見つめていたが 、やがてミサと同じようにテレポートして姿を消した。