再会の日

第3話 「思い、心重なる時」



校庭を出た後。
砂沙美は、美紗緒の家でひとしきり遊んだ後、明日も会うことを約束して家
路に就いた。

その帰り道。
砂沙美は、美紗緒といっしょに並んで歩いていた。
砂沙美の家はCDショップである。そのCDショップで、美紗緒の父であり、
世界的なピアニスト、天野茂樹のサードアルバム「to My Daughter」を予約
していた美紗緒が、そのアルバムを受け取りに行くというので、一緒に帰っ
ているのである。
別に、明日も会うのだから、砂沙美が美紗緒のところへ持っていくというこ
ともできたのだが、美紗緒がどうしても自分で受け取りに行くというので、
こうして並んで歩いていると言うわけである。
しかし、美紗緒の本心は別のところにあった。砂沙美と一緒に帰るのは、砂
沙美が心配だったからである。元気よくなったかのように見えるが、砂沙美
の笑顔には、美紗緒にしか分からない、小さな影ができていた。それが、美
紗緒にはとても気がかりだった。
美紗緒は、砂沙美が心配でならないのだった。今は明るく振る舞っている。
砂沙美は、自分を心配させまいとしている。だが、普段他人を欺くなどとい
うことをしたことのない砂沙美が、そんなことをできるわけもなく、明るく
振る舞っている砂沙美は、美紗緒にとってとても痛ましくさえ映ったのである。
そんな美紗緒を知ってか知らずか、砂沙美はいつにもましておしゃべりさん
になっていた。
「それにしても、美紗緒ちゃんて、ホントにパパが好きなんだね」
ややおおげさに感動しながら、砂沙美は美紗緒に言った。
「うん!私、パパ大好き!でも、パパ、ほとんどおうちに帰ってこれないか
ら、少しでもパパと一緒にいられるようにって思って、パパのCDは全部買うの」
そういうものなのかな、と、普段これ以上ないくらい家族一緒に暮らしてい
る砂沙美は、よく理解できないながら、美紗緒の心を思いやった。
しかし、砂沙美にもまったく心当たりがないというわけではなかった。
ジュライヘルムから帰ってきた当初は、寂しさのあまり、魎皇鬼によく似た
ヌイグルミを手当たり次第に買ってきたりしていたからである。
「初めは、寂しいから、少しでもパパを感じていられるようにと思って買っ
てたんだけど、でもね、今は違うの。パパの曲が大好きだから、買うの。それに……」
美紗緒が話の先を続けていた。
「それに、今は、砂沙美ちゃんがいてくれる。砂沙美ちゃんが、私に、元気
と勇気をくれるの!だから、私、もう寂しくないの!だから、えっと、その………」
美紗緒は、砂沙美に一生懸命、何かを伝えようとしていた。
だが、うまく表現できない。ボキャブラリーが足りないとか、そういう問題
ではなく、何をどう表現したらよいのか、自分の想いをどうしたら砂沙美に
伝えることができるのか、それが分からないでいた。
けれども、その一生懸命な姿は、砂沙美に訴えかけるには十分な効果があった。
「美紗緒ちゃん……」
美紗緒が何を言わんとしているのかが、砂沙美はぼんやりとであるが分かっ
てきたような気がした。
「ありがと、美紗緒ちゃん」
「えっ?」
美紗緒が、こんなに自分を想っていてくれる。それだけで十分すぎるくらい、
うれしかった。
そして、砂沙美は、美紗緒に感謝の笑顔を向けた。
あ……
美紗緒は、砂沙美のやさしい微笑みを見て、とても暖かい気持ちになるのを
感じていた。

それからは、しばらく、砂沙美の独壇場となった。
美紗緒に元気づけられた砂沙美は、その小さな口から、どこで仕入れてきた
のか分からないようなネタ話を、次々と飛び出させた。
最近、真島クンとこのはの関係が急展開しているとか、その一方で、小山田
クンと映見がいつの間にかくっついていたとか、挙げ句の果てに、清音先生
のお見合いが57回目に入ったとか、美紗緒にとってはまさしく「神秘の世
界」であった。

そんなこんなで、砂沙美と美紗緒は、「安心と信頼の店 あなたの町のCD-
Vision」とペイントされたアーケードの下についた。
美紗緒が、予約していたアルバムを受け取り、今度は砂沙美のところで2人
はしばらく遊んだ後、明日また会うことを約束して、今度こそさよならをした。

一人、部屋の中で、美紗緒と一緒にいた余韻に浸っていた砂沙美は、なんだ
か、美紗緒と自分が、入れ替わったような気がしていた。
それまで、砂沙美が美紗緒をかばったり、元気づけたり、励ましたりしてい
たのに、今では、美紗緒がその立場にいる。
砂沙美は、寂しいというものがどういうものなのか、美紗緒が今までどんな
気持ちですごしてきたのか、今になって分かった気がして、身を切られる思
いになった。
ジュライヘルムで別れたときも、もちろん悲しかったし、その後の毎日も寂
しかった。しかし、あの時は、地球とジュライヘルムの関係が、目に見えて
進展しているのが分かっていたので、それを支えにすることで、どうにか今
まで元気にやってこられた。
ところが、今は、何も目安とするものがない。
魎皇鬼との約束だけを信じるしかないのである。
ただひたすら待つことだけを強いられるのが、こんなに寂しいものだとは、
思いもよらなかったのである。
「美紗緒ちゃん……。砂沙美、美紗緒ちゃんのことならなんでも分かってる
気がしてたのに、結局、何にも分かってなかったんだね……」
その認識は、砂沙美を一瞬落ち込ませたものの、それ以上に、また一つ、美
紗緒の心に近づけた気がして、うれしくもあった。
美紗緒の心の中に、ミサがいた、という事実。そのミサの思いは、プリティ
ーサミーにではなく、河合砂沙美本人に直接向けられていたという衝撃。そ
して今、美紗緒の寂しさをほんのちょっぴりでも分かることができた感動が、
砂沙美を包んでいた。
「魎ちゃん、砂沙美、待ってるよ……」
改めて、そして、希望に満ちた気持ちで、そうつぶやいた。

その夜。
砂沙美は魎皇鬼の夢を見た。
夢の中の魎皇鬼は、とても辛そうに見えた。
なにかと一生懸命戦っているかのように見えた。
魎皇鬼の苦しそうな顔ばかりがアップで映し出され、何と戦っているのか、
さっぱり分からなかった。
けれども、魎皇鬼は、仕方がなく戦っているのではなく、自分からそこへ飛
び込んでいったかのようであった。
相対している何かに、魎皇鬼は激しく突き飛ばされ、地面に強烈に叩き付けられた。
地面に横たわった魎皇鬼は、全身に衝撃を受け、苦痛に激しくその表情を歪ませた。
砂沙美は、魎皇鬼を助けに行きたかったが、身体がまるで言うことを聞かなかった。
砂沙美は、空間を震わせんばかりに叫んだ。
「魎ちゃん、しっかりして!!魎ちゃん、魎ちゃんてばあああ!!!」
「ああああ………」

砂沙美は、自分の叫び声で目が覚めた。
うっすらと目を開けると、左手を胸の付近で軽く握り締め、右手で体を支え
るように、むっくりとベッドの上に上半身を起こした。
カーテンさえ閉じていない、砂沙美のベッドのすぐ脇にある、2階の砂沙美
の部屋の出窓から、大きな満月の光が、ひっそりと降り注いでいた。
その光さえもまぶしそうに、砂沙美は月を見上げた。
時間は、午前2時を過ぎたころだった。
「どうしちゃったんだろ、あたし……」
半年間の別れの後の再会、そして、ふたたびの別れが、砂沙美にはかなりこ
たえていたのかもしれない。
しかし、美紗緒に元気づけられ、いつもの砂沙美に戻ったはずだった。
寂しさを跳ね返すことができるはずだった。
だったら、今のは何?
どうして魎ちゃんが、あんなに苦しそうなの?
どうして魎ちゃんの夢を見るの?
「やっぱり、寂しいよ………。魎ちゃん………。一緒にいたいよお……」
淡い月の光の中で、砂沙美は自分の肩を抱きしめて、一人、泣いた。

思いが伝わるとするなら、今、この瞬間なのかもしれない。
砂沙美の思い、そして魎皇鬼の思いは、今、重なろうとしていた。
  
“砂沙美ちゃん、砂沙美ちゃん………”
砂沙美の脳裏に、魎皇鬼の声がした。
「り、魎ちゃん??」
“そう、ボクだよ、砂沙美ちゃん……”
「ど、どうして?なんで?そ、それより、今どこ?この近くにいるの?」
“ううん、今は地球にはいないんだ。だけど、ボクたちはいつもつながってるよ”
ハッと、砂沙美は思いついた。
樋香里が魎皇鬼をジュライへ連れ去ろうとしたとき、同じ現象が起こった。
魔力を持つもの同士のテレパシーである。
“泣かないで。砂沙美ちゃん。すぐ戻るから”
「見えるの?砂沙美の事?」
“ううん、見えない。けど、感じるんだ。”
「じゃ、いつもこんな感じで会えるの?」
“砂沙美ちゃんが、強く思ってくれれば、それがボクのところまで伝わるよ。
そしたら、ボクも砂沙美ちゃんに返してあげられる”
「そうなんだ………。それなら………」
“でも、今はもうだめみたい……。また、ヤツが……。もう……砂沙美……
ん……。かな…ら…ず……”
いきなり、会話が途切れた。
何者かが、強引に割り込んできたような感じであった。
「魎ちゃん?魎ちゃん!?きゃあああ!!」
魎皇鬼のテレパスを探そうと、意識を集中したとき、強引に割り込んできた
それが、砂沙美の意識を突き飛ばした。
身体全体を突き飛ばされたかのような衝撃が、砂沙美の頭に響いた。
「り、魎ちゃあああん!」
砂沙美は力を振り絞って、叫んでいた。

 それから、どれくらいの時間が経ったか。
 砂沙美は、ぼーっとしたまま、ベッドの上から、淡い光を放っている月を見
上げていた。
 魎皇鬼ともう一度つながるかもしれないと思い、ずっと月を見ていたのだった。
 やがて月が西の方へ傾き出し、反対に東の方から太陽が昇ってきていた。
 うっすらと、東の空が明るくなってきたころ、疲れから、砂沙美は浅い眠り
に就いた。
 頬に、涙の後を残して。
 夢を見る間もなかった。

第4話 「やだよ、こんなの……!」を読む


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