『砂沙美のパジャマ』
「りょーうちゃん!」
元気な声が響く。
「みゃおーん!」
魎皇鬼の鳴き声も響く。
「りょーうちゃん、一緒に喜んでくれるんだね」
「みゃんみゃん」
頷く魎皇鬼。
砂沙美と魎皇鬼、人間一人と動物一匹は手を取り合って喜んでいるのだった。
「やっぱし買って良かったなぁ、これ」
そう言いつつ化粧台の鏡に映った自分の姿を見る砂沙美であった。
買って良かったなぁ、このパジャマ。
いつもの樹雷の寝間着も好きだけど、それ以外にもこういう地球のパジャマもいいよね。
お姉さまはこういうのは好きじゃないから嫌がるかも知れないけど、砂沙美は地球の服も着たいもん。
テレビに出てくるようなかわいいお洋服だって着たいもん。
樹雷の服は確かに綺麗だけどあの服じゃそこらじゅうに出回ることなんて出来ないよ。
それに砂沙美は地球にいるんだもの、「豪に入っては豪に従え」っていうでしょ、
やっぱり地球の服を着るのが普通だよ。
でもお姉さまはきっと分かってくれないだろうなぁ。
しょうがないと言えばしょうがないんだけど、お姉さまは樹雷の暮らしが長かったから多分樹雷の風習からは抜けられないよ。
砂沙美はまだほんの数年しか樹雷で生きてなかった砂沙美とはやっぱり違うよね。
でも今回はお洋服を買ったわけじゃないし、単なるパジャマだけど。
それでもやっぱり怒られるのかなぁ。
でもこれチョー気に入ったんだ。
どっかのブランド物らしいけどよくわかんないや。
それにちょっと高かったけど、まぁいいや。
砂沙美はしばらく自分の姿を眺めていた。
するとポンッと一つ手を叩き何かを思いついたような顔をした。
「ねえ魎ちゃん、このパジャマ天地兄ちゃん達に見せに行こうか?」
「みゃおーん、みゃおーん」
オッケーと言わんばかりに高らかと鳴く。
「よーし、それじゃあレッツラゴーだ!」
と駆け足で部屋から出ていく砂沙美とお供の魎皇鬼なのであった。
まず砂沙美が向かったのは柾木家の居間である。
砂沙美は天地がいることを期待してやって来たのだが、期待に反してそこにいたのは晩酌をしている魎呼だけであった。
しかし、それでも砂沙美の気が沈むということはない。
何よりも誰かにこのパジャマ姿を見せたいという気持ちがすごく強かったのである。
「ねぇこれ見てこれ見て」
うきうきと声が弾んでいる。
「あーん、どうしたあ砂沙美ぃ?魎皇鬼まで一緒に何やってんだよ?ん?一緒に酒を飲みたいのか?」
「そうじゃないよ。ねぇ魎呼お姉ちゃん、砂沙美のこの姿どう思う?」
砂沙美としては「似合ってるぜ」とか「かわいいぜ」などの答えを期待していたつもりなのであるが、
そういうことを魎呼に望むのはそれは酷というものであろう。
「ガキだな」
なんのためらいもなく答える魎呼。
その答えにムッとなる砂沙美はさらに聞いた。
「そうじゃないの魎呼お姉ちゃん、この砂沙美のパジャマ姿は似合ってるかどうか聞きたいんだけど・・・・・・」
そんな砂沙美の気持ちなど魎呼は知ったことではないとばかりにまた口を開いた。
「まったくうるせえなぁ、はいはい、似合ってますよー」
パタパタと手を振り砂沙美の方を向きもせずに言うのだった。
明らかにどうでも良いといった態度である。
今現在魎呼の心を占めているのはいかにしてうまく酒を飲むことにあるようだ。
それに魎呼は基本的に他人の服装などに気を付けるタイプではないのだ。
ゆえに「聞く相手が悪い」と言うしかなかったのである。
砂沙美もそれは十二分に分かっていたつもりなのだが、それでもこうも相手にされないのでは腹も立つというものだ。
「もういいよ!」
当然ながら声に不機嫌さが現れていた。
が、魎呼はそんなことまで気が付かない、と言うより気が付くわけもない。
そんな繊細な神経を持ち合わせてなどいないのだ。
「魎ちゃん行こ」
「みゃん!」
魎皇鬼もちょっと怒っているようだ。
そうしてクルリと踵を返して居間から出ていこうとした。
「なんだもういいのかよ?じゃあさ、砂沙美ちゃんおつまみ持ってきてくれよ。もう無くなりそうなんだよ」
だが砂沙美は聞こえないふりをする。
返事をする気になれないくらい怒っていたのだった。
「おーい、砂沙美ちゃん。聞こえないのかー?返事しておくれよ」
という魎呼の声をあとにして砂沙美と魎皇鬼は今度は天地の部屋に向かうのだった。
「あら、砂沙美ちゃん。それ新しいパジャマ?」
天地の部屋に向かう途中、聞き慣れた声で話しかけられた。
その声の持ち主の方を向くと、やはり清音であった。
「うん、清音さん」
清音は砂沙美のパジャマを見ると、何故か感心したような顔をした。
「砂沙美ちゃんはセンスがいいわね。よく似合っているわよそれ」
清音の感想を聞き砂沙美はさっきとうって変わって目を輝かせた。
「清音さんもそう思ってくれるの?砂沙美嬉しいなぁ」
「べつに本当のことを言っているだけよ」
「えへへへ」
清音にほめられて嬉しい砂沙美であった。
ちょっとした不機嫌さなんてどこかに行ってしまったようだ。
「でも清音さんだって服のセンスいいでしょ」
と言うといきなり清音は落ち込んだ顔をした。
そのいきなり落ち込んだ清音の表情に砂沙美は驚く。
そして清音はいきなり暗くなった声で喋り始めた。
「・・・・・・先週ね、お金がないから同じジーンズを2週間ばかり連続ではいていたの。そうしたらいつも行っているコンビニで・・・・・・」
『あの人もう2週間も同じジーンズよ、汚いわよねえ』
「あの店員はひそひそ声だったからこっちに聞こえていないと思っていたのかも知れないけど、
あたしにはばっちり聞こえていたわ」
ちょっと涙声になってきている。
「あたしだって好きで着ているんじゃないのよ!お金が無いからしょうがないのよ!」
清音さんはもう目もうるうるしているのでした。
「いくらセンスが良くてもおかねが無くちゃ何もできないのよー!」
「絶叫」というタイトルを付けたくなるような顔なのでした。
もはやたまらず砂沙美が止めにはいる。
「ねぇ清音さんとにかく落ち着いて」
「うええええーん」
大人だというのに大声で泣き出してしまった清音だった。
その泣き方が美星さんに似てきたなと思いつつも、そんなことを考えている場合じゃないと思い直し清音を慰めようと思う砂沙美だった。
「清音さん、そんなこと気にしないで。今は苦しくてもいつかいい日が来るよ。
そう、抜けないトンネルはないし、明けない夜はないの、だから頑張って清音さん」
どっちが年長者なのか分からない慰め方ではあるがとりあえず効き目はあったようだ。
「みゃんみゃんみゃん」
「ほら、魎ちゃんも頑張ってと言ってるよ」
実のところ今の訳はてきとうである。
説得の甲斐あってかやっと泣きやんで顔を上げる清音。
その目は赤く腫れていたが希望に満ちあふれていた。
砂沙美には清音のバックに夕日が見えているような気がしたが、
それは気のせい気のせいと無理やり自分に言い聞かすのであった。
「ありがとう砂沙美ちゃん、あたし、あたし頑張ってみるわ!」
清音は砂沙美の手を取って高らかに言った。
「砂沙美ちゃん、あの夕日に向かって走りましょう!」
と言って清音は自分のバックの夕日を指さす。
「う、うん」
とってもためらいがちに返事をする砂沙美ちゃんなのでした。
「先に行くわよ!」
と駆け出す清音。
そして砂沙美にはそれを黙って見送るしかできないのでした。
砂沙美は一言つぶやいた。
「清音さん、明日になったら元に戻ってればいいんだけど・・・・・・」
そんなこんなで砂沙美は天地の部屋の前に立っていた。
コン、コンとためらいがちに2回ノックする。
「はーい」
中からは天地の声が返って来た。
「あの、天地兄ちゃん、砂沙美だけど入ってもいい?」
「砂沙美ちゃん?ああ、別にいいよ」
「じゃあ入るね」
そうして砂沙美がドアを開ける。
そうすると魎皇鬼が先に入って行った。
「みゃおおーん」
「おっ、魎皇鬼も一緒か」
天地は魎皇鬼を持ち抱えた。
「どうしたんだよ魎皇鬼?なんだか今日は楽しそうだな」
「みゃあーん」
と、いっそう嬉しげに鳴くのであった。
「それで砂沙美ちゃん、何か用でもあるの?」
そういわれて砂沙美は返答に困った。
「えっ、あっ、その、あのね・・・・・・」
言いたいことがあるのにしゃべれない。
天地兄ちゃん、この砂沙美のパジャマ姿似合うかなぁ。
それだけを言って、天地兄ちゃんの感想をただ聞きたかっただけなのに。
なんだかおかしいや、言葉が出てこないよ。
「ん?どうかしたのかい砂沙美ちゃん?」
「べ、別にそんなことはないんだけど・・・・・・」
なんで、なんで言葉が出てこないんだろ?
さっきまでは普通に言えたのに。
砂沙美は天地に気付かれないように慎重に自分の胸へ手を当ててみる。
砂沙美の心臓がドクドク言ってる。
いつもは天地兄ちゃんの前にいたからって全然平気なのに、なんで今はこんなに胸が苦しいんだろ。
「砂沙美ちゃん?」
さすがに天地も砂沙美の様子が少々おかしいことに気付いたようだ。
「大丈夫かい、なんだか体の調子が悪いみたいだけど」
砂沙美はそんなことはないとばかりに首を激しく振った。
「な、なんでもないよ。全然砂沙美は平気だよ。ほら元気元気」
そういってガッツポーズを取ってみせる。
「それなら別にいいんだけど・・・・・・」
多少訝しがりながらも一応納得したようだ。
「あっ、もう遅いから砂沙美は寝るね、じゃあ」
砂沙美は駆け足で天地の部屋から出ていこうとする。
「みゃ!」
魎皇鬼は驚き、急いで砂沙美の後を追う。
ドアが閉まる音と共にまた一人になった天地だった。
「一体何なんだよ?」
そう一人ごちるのだった。
そして天地の部屋からちょっと離れたところに立っているのが砂沙美である。
「おかしいね魎ちゃん。砂沙美、天地兄ちゃんに何も言えなかったよ」
「みゃうーん」
「大丈夫よ魎ちゃん別に気にしてないから」
だが言葉とは裏腹に声は少し沈んでいた。
「部屋にもどろっか」
砂沙美と魎皇鬼が自分の部屋に戻ると、そこには阿重霞がいた。
「あっ砂沙美・・・・・・」
一瞬言葉に詰まる阿重霞だった。
が、すぐに気を取り直し砂沙美に話しかける。
「砂沙美、もう遅いのよ、早く寝なさいな」
「あっ、・・・・・・うん」
てっきり何か言われるものと覚悟していたので、肩すかしを喰らった砂沙美であった。
阿重霞に言われて砂沙美は寝る準備をしながらも何も言われなかったことが気にかかっていた。
おかしいな、いつもならお姉さまが何も言わないわけ無いのに。
いつもだったら「砂沙美!なんですかその格好は」とか絶対言ってくるのに。
「ねぇ、お姉さま」
ためらいがちに言ってみる。
「なんですの砂沙美?」
「・・・・・・別になんでもないよ」
「おかしな子ねえ、早くねる準備をしなさいよ」
「うん」
素直に頷く砂沙美だった。
数分時が流れ、寝る準備もすっかり整えて布団の中に砂沙美は入るのだった。
横になって天井を眺めながら砂沙美は決心したように声を発した。
「お姉さま、なんで何も言わないの?」
「なんのこと?」
「だから、・・・・・・砂沙美のパジャマ姿」
「いつもなら樹雷の服以外を着てたらお姉さまは怒るのに、なんで今日は何も言わないの?」
阿重霞は砂沙美を見やり、少し微笑んで話し出した。
「砂沙美、人は変わるのよ」
「どういうこと?」
あなたには分からないかも知れないかも、と前置きをしてから阿重霞は話し出した。
「あのね砂沙美、わたくしは樹雷皇家の第一皇女として生まれたのよ。これがどういう事か分かる?
生まれたときからわたくしは人の上に立つ者として帝王教育を受けたのよ。歩き方、しゃべり方、・・・・・・人の支配のしかた。
そういうことをわたくしはね砂沙美くらい・・・・・・いえ、もっと小さい頃から受けてきたのよ。
今では考えられないことをやってたの。そうして時は過ぎていき、お兄さまを捜しに宇宙に家出同然で
出向いたのは砂沙美も知ってることよね。」
こっくりと頷く砂沙美。
「地球・・・・・・。わたくしはこの星が、天地様の故郷の岡山が好きだわ。四季が移ろいて、鳥も歌うこの星が。
もちろん樹雷だって鳥が歌う美しい星だわ。でもわたくしには自由がないわ。一日中付き人につきまとわれるのはいやなのよ。
今はわたくしは自由。・・・・・・でも、結局染みついた樹雷の気質は抜けないのよ。
わたくしが地球の服を着てもここでは何も言う人はいないわ。でもわたくしは出来ないのよ、どうしても樹雷の服を意外では抵抗があるの。
結局わたくしは樹雷皇家の第一皇女なのよ。いつまでたってもそこから抜けられないわ・・・・・・」
阿重霞の美しい顔に悲しみの色が落ちる。
だがそれは一瞬で、また笑顔に戻る。
「だからね、砂沙美が地球の服を着ているのを見ても何も言わないことにしたのよ」
「どうして?」
と砂沙美。
「樹雷皇家に縛られるのはわたくしだけでいいのよ、砂沙美は自分の好きなようにお生きなさい。
もしも樹雷皇家が重荷になることがあったらそんな物は捨てても構わないのよ。
まぁ、そこまで行かなくても、砂沙美は自分に正直に生きればいいのよ。
樹雷に染まったわたくしはもう無理ですけど、砂沙美ならまだ十分だわ」
「お姉さま・・・・・・」
知らなかった、お姉さまがそんなことを考えていたなんて。
お姉さまも変わったなと砂沙美は思った。
「一つだけ砂沙美は覚えておいてね。樹雷皇家に縛られては決してダメ。その気なら地球で一生を終わらせる
ぐらいの気構えでいることが大事だってこと―――――忘れないでね」
「分かった・・・・・・ような気がする」
「それでいいのよ、砂沙美にもいずれ分かる日が来るはずだから」
「そうかもね」
そこで言葉が一旦とぎれる。
「でも、阿重霞お姉さまが地球が好きな理由はもう一つあるよ」
「なんですの?」
「天地兄ちゃんがいるからでしょ」
その言葉で阿重霞の頬が染まる。
「やっぱりそれがおっきいんでしょ?」
「まっ、この子ったら姉をからかうものじゃありません!全く、もうねなさい」
とは言うものの阿重霞の表情は優しげであった。
「はーい」
その言葉を最後に砂沙美はしばしの眠りについたのであった。
「みんなー、あっさ御飯だよー!!」
銅鑼がジャーンジャーンと柾木家中に鳴り響き、いつものメンバーを御飯に呼ぶ。
「おはよー、砂沙美ちゃん」
「おはよ、天地兄ちゃん。御飯出来てるからそこに座ってて。
「うん」
天地に続いて居候がぞろぞろと現れてくる。
「いっただきまーす」
合唱が行われたあとは皆てんでバラバラに食べ始める。
魎呼、阿重霞、天地みなそれぞれ食べ方も違う。
こうしてみんなで仲良く御飯が食べれるって幸せだよね。
昨日は天地兄ちゃんに何も言えなくて残念だったけど、何となく今日なら言えるような気がする。
なんにしても砂沙美はあのパジャマを買って本当に良かったよ。
今度はちゃんとしたお洋服を買おうかな?
そうしたことをとりとめもなく考える砂沙美なのだった。
―――(終わり)―――
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